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 新しくコラムを得て、レンズの話を書くことになった。一番最初、今回はニコンFマウントのニッコール-O 2.1センチ F4についてだ。このレンズはカメラボディのミラーを跳ね上げた状態で装着使用するレンズである。発売は1959年、ニコンFの発売と同年となっていて、44年も昔のことになる。この年は先行するアサヒペンタックスやズノー、ミノルタ、トプコンなどの一眼レフに加え、キャノンとニコンが一眼レフ競争の戦列に並んで、いよいよレンズ交換式の高級機が距離計カメラから一眼レフへとシフトしてゆく時期でもあった。ニコンFはそのなかでも最広角の21ミリレンズ(発売当時のニッコールの表記はセンチメートル表示だが、以下ミリメートル表記とする。)をミラーアップ使用とは言え、レンズラインアップに入れてあるのは意欲的であった。同時期にニコンSマウント仕様で同一光学系のレンズがつくられているが、当時日本製で最広角がこのレンズでもあったのだ。

 

※写真をクリックすると大きなサイズでご覧いただけます。
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ニッコール-O 21ミリ F4レンズと専用ファインダー

 

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専用ファインダーは F、F2とも巻き戻しクランク基部のアクセサリーシャーに装着する。

 

 最広角と書いたが、21ミリという焦点距離のレンズが、どのくらい極限的なイメージを持つレンズであったか、私が写真の世界に染まりはじめた40年近い昔の、その当時の感覚を正確に再現することはいささか難しそうだ。昨今では12ミリ、13ミリ、14ミリという焦点距離の超広角レンズが35ミリ判用に供給されており、さらにはデジタル処理をされた画像では、いとも簡単に複数の画面をつなぎあわせて際限のない広視角の画像が得られるようになっている。このような時代にたかだか水平画角80度ほどの広角レンズに視覚的なショックをさほど感じないのも当然だろう。逆に12ミリや14ミリの超広角画像にくらべると、きわめておだやかな視覚に感じられてしまう。21ミリクラスのレンズでは、撮影された現場を実際に知らなければ、カメラの水平と垂直を注意深く保った画像であれば、何ら不自然さを感じない。今では21ミリクラスのレンズは、自然な描写をする超広角の定番の焦点距離となっている。はじめはその画角の大きさと遠近感の強烈さに驚かされていたが、半世紀ほどかけて人間の視覚が21ミリの画角に馴染んでしまったとも言える。

 
 

 私がこのニッコール21ミリF4に魅力を感じ憧れたのは、当時カメラ雑誌などで見る写真からだった。超広角という仕掛けだけではなく、その印刷物から伝わってくるシャープ感にびっくりさせられることが多かったからだ。画角が広いにもかかわらず、それまでの25ミリや28ミリレンズより周辺まで明らかにシャープな像が見られたのだ。多分この時から自分のなかの21ミリクラスの対称形レンズコンプレックスが育ち始めたのではないかと思う。今でもこのレンズを愛用していたその頃の写真家の名前やその写真をすぐに思い浮かべられる。月例作家では達栄作さんや緒方しげをさんの写真はまるで21ミリレンズの最高の作例のように脳裏に浮かんでくる。さらにニッコール21ミリF4と切り離せないのが柳沢信さんの写真であった。柳沢さんの使っていたニッコール21ミリF4はニコンFマウントではなく、Sマウントのレンズで、アダプターを介してライカなどにつけて使っておられた。この間の事情はカメラ毎日に発表された名作、「北風」の撮影ノートに詳しいが、この組み合わせはM型ライカにたとえばスーパーアンギュロン21ミリF3.4という組み合わせとはまた違った魅力が、その頃、そして今でも私には感じられるのである。それは単純に屈折したマニアックな感触と言い捨てられる類のものではないことは確かである。現在ではこの組み合わせは、純正の組み合わせよりも実現度が低いことは言うまでもない。柳沢信さんの「北風」冒頭の厚い雲から射す光芒と波に洗われる突堤の写真や、新日本紀行シリーズなどで折々見られる21ミリレンズで撮影された写真には、写真的な喜びが満ち溢れていたのだ。それは身の回りの日本という自分達の風土が大切に写されていたからであると今になって思われる。その時代の日本の情景を、柳沢さんはキャノン35ミリF1.5やニッコール21ミリF4という日本製レンズで感触よくとらえられていることに、外国製のレンズを使い廻すよりも洒落たものが感じられたことも確かで、対象は地味で尖端的なものではなかったが、他の多くの写真家とは質の違うアカ抜けたものを感じてもいた。そしてその背景にニッコール21ミリF4というものがひとつあったと言えるのだ。

(続く)

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「工場」    ニコンF・ニッコール21ミリF4・ 絞りF11・125分の1秒・コダクロームPKR
 
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