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柳沢信さんが使っていたレンズはニコンSマウントだったことはすでに述べたが、このSマウントレンズの製造数はきわめて少ないようで、ここのところ、数年に一度という希な頻度で中古店で見かけるにすぎない。当時でも主に新聞社など報道関係向けに少数が供給されたようだ。注文してもなかなか手に入らず、イライラして待ったと述懐する写真家もいるほどなので、かなり特殊な受注生産品と当初日本光学では考えていたのだろう。その反対になぜかFマウントのニッコール21ミリF4は現在の中古市場でも流通量はそれなりにあって、価格はともかく入手しにくいレンズではない。1968年にレトロフォーカスタイプのUDニッコール20ミリF3.5が登場するまでずっと、魚眼レンズを除けば最広角のレンズとしてカタログに載っていたから、生産数はかなり多いものと思われる。細かなことになるが、最初期のFマウントのニッコール21ミリF4は、マウント基部の着脱リングの袴が深くなっていてボディ側のマウント台座に干渉する場合がある。特にニコマート系は装着が出来ない。これはニッコール21ミリF4だけでなく、最初期のFマウントニッコールレンズに多く見られる現象である。ニコンFの開発時にはボディマウント回りの利用を考えていなかったことになる。
逆にレンズの袴部分が浅くなる時点からニコマートなどの企画がスタートしたと考えてもいいだろう。
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