|
アサヒペンタックスは日本における一眼レフカメラのパイオニア(最近はあまり使われない言葉だが)のひとつといえる。さらには35ミリ判一眼レフを普及させたのもペンタックスだ。最初の製品であるアサヒフレックスシリーズは独自のスクリューマウントを採用していたが、ペンタプリズムを搭載した最初の製品「アサヒペンタックス」(後にペンタックスAPと呼ばれるようになった)からは通称M42プラクチカマウントになり、汎用性を増し、当時としてはとても良い判断を旭光学はしている。ドイツ製の各種レンズが自由に使えるというのは、とりあえず交換レンズ群をすぐに充実させることのできなかったスタート時には、特に輸出の際などに有利だったと思われる。しかし一方ではコツコツと自社開発の交換レンズも揃えているのは旭光学のエライところだ。しかも決しておざなりのラインアップやOEMで間に合わせることもなく、日本では最初期のレトロフォーカスタイプの広角レンズである、タクマー35ミリF4やオートタクマー35ミリF2.3も早くから製品化している。一眼レフの魅力は何より交換レンズの魅力だと旭光学は充分に意識していた結果だろう。
|