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マミヤC2につけたセコール55ミリF4.5。マミヤC2はセルフコッキングにもなっていないが、シンプルで頑丈そのものの大好きなカメラだ。某メーカーの車のようにネイキッド仕様にしてある。といっても、貼り皮が古くなってボロボロはげたのをそのままにしただけ。

 先日、しばらく御無沙汰をしていた銀座のSカメラ店に寄ってみた。老舗のこの店もネット販売を始めていて、商品の値札にもネットセール商品と但し書がつけられたりしている。やはり時代だと思わせる。私なぞはもうお古の人間になっているので、店の人と他愛のない話をしながら買物をするほうがやはり好きである。買ったカメラやレンズの向うに店の人の気合を感じたりするのが面白い。気持の良い買い物をした時には、手に入れたカメラやレンズも良い写真を撮らしてくれそうな気がする。ずっと大昔に買った中古のマミヤC用の広角レンズ、セコール55ミリF4.5もそうしたレンズの一つである。
 そのSカメラ店には名物の老人が一人いた。忠さんである。何年か前になくなられてしまったが、最後まで元気に店に出ていた人だった。元気にと書いたが、掛け値のない元気さに溢れていて、小柄な人だが忠さんを見たら誰でも印象深く思うに違いない。少し高い調子のかすれ気味ながら歯切れの良い口調で話す人で、その声を聞いているとこちらも元気になるような気がした。なかでも見物(みもの)は外国人の客と話す時だった。大柄な客を相手に、ブロ−クンの典型のような英語を大声で駆使するのだ。戦後すぐの進駐軍の連中とのやりとりもかくやと思わせる迫力で、あれはひとつの芸の域に達していたと思う。


※写真をクリックすると大きなサイズでご覧いただけます。

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レンズ本体と専用フード、そしてピントグラスにのせて使うパララックス補正板。補正板はC330シリーズ用である。

 私がそんな忠さんに客として接したのはずいぶん昔のことだ。私が20代も前半の頃だから、忠さんも壮年といっていい年齢のはずだが、艶のいいスキンヘッドの忠さんは私の記憶のなかでは、ずっと元気な年寄りのままである。銀座の表通りのカメラ店は、若い自分にとって敷居が少々高い存在で、ライカやローライを眺めては溜息をつくぐらいが関の山だったが、この日はぜひ必要なものがあってカメラ店めぐりをしていた。マミヤC用の広角レンズを捜していたのである。フリーランスカメラマンという自営職人の駆け出しであった私は、数少ない仕事の注文があるたびに機材の調達に苦労をしていた。ほとんど友人達からの借り物で済ましていたが、今回の仕事は長く続きそうだったので、レンズを買う事にしたのだ。不動産会社の建売住宅を撮影する仕事で、ブローニー判の広角レンズが必要だったのである。手持ちのブローニー判といえば、ボロボロのマミヤC2しかなく、それ用の広角レンズが欲しかったのだ。

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典型的なスクェア判広角レンズの使い方である。このくらいの規模の建物には使いやすい画角だ。そしてシャープだ。
マミヤC220f 絞りF11 1/125秒 RDPIII

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短焦点レンズなので、ルーペを使って慎重にピント合せをしたほうが良い。ピントのピークは浅いから、スクリーンを漫然と見てピント合せをすると思わぬピンボケ写真をつくりやすい。
マミヤC220f 絞りF8半 1/250秒 RDPIII

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マミヤCシリ−ズはとにかく接写に強い。パララックスが心配になるけれど、大まかに予想して撮ってみる。正確な撮影をしたければパラメンダーというアクセサリーもある。
マミヤC220f 絞りF16 1/60秒 RDPIII

 新品のレンズを買う余裕などさらさらなく、新宿、銀座とカメラ店を巡り回ってようやくSカメラ店で一本出会うことができた。値段は予算どおりでしかも程度の良いレンズである。その時見せてくださいと頼んだ相手が忠さんだった。舶来高級品が主力のSカメラ店だから若僧はおづおづと聞いてみたのだった。忠さんはなくなるまで変らなかった小気味の良い反応でレンズを見せてくれた。肝心のシャッターも快調で、早速買うことに決めた。支払う時に忠さんは金額を大きな声で告げたが、プライスカードより数千円少ない金額だったのである。驚いて確認したけれど忠さんは、ああ間違えたか、でもその値段でいいよとこともなげに言った。結果的に私はまけてもらったわけだが、余裕のない人間には金銭的にも気持の点でもありがたい事件であった。

 マミヤセコール55ミリF4.5はマミヤ二眼レフCシリーズ用としては最広角のレンズである。最広角といっても、画角的には現在ではおだやかに感じる。対角線で70度ほどだ。30年ほど以前ではこのレンズでもある程度建築物の撮影がこなせたのである。現在では圧倒的に建物の高さが伸び、インテリア撮影でも空間の拡がりが要求されるようになっているので、もっと広い画角のレンズが必要になっている。マミヤセコール55ミリF4.5で不自由なく仕事ができた頃はもう牧歌の時代になってしまったようだ。しかしこのレンズと同じ焦点距離を持つ、先代のワイドローライで室内写真を数多く撮影した、ウォーカー・エヴァンスの仕事振りを想い返してみると、時々このレンズを持ち出して使ってみたくなる。そしてマミヤC独特のパチンと鳴るチャージレバーの復元音を聞くと、忠さんの元気な話しぶりがよみがえる気がする。

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